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| 県道徳島北灘線緊急地方道路整備事業 山間部の「卯辰峠隧道化」 請願について 多 角 的 考 察 1996年5月14日 「県道徳島北灘線」地方道路整備事業 北灘西促進期成同盟会 事務局 鳴門市北灘町折野字屋敷43 (0886)-82-0757 fax(0886)-82-0513 |
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| 目 次 | ||||||
章・節・項 * 1 1.1. 1.1.1. 1.1.2. 1.1.3. 1.1.4. 1.2. 1.2.1. 1.2.2. 1.3. 1.3.1. 1.3.2. 1.4. 1.4.1. 1.4.2. 1.4.3. 1.5. 1.5.1. 1.5.2. 1.6. 1.6.1. 1.6.2. 1.6.3. 2. 2.1. 2.2. 2.2.1. 2.3. 2.3.1. 2.3.2. 2.3.3. 3. 3.1. 3.2. 3.2.1. |
テゴリー 役 員 名 簿 序文に代えて・・・ふる里「折野」について現状認識 外部経済としての道路 国道11号線 徳島引田線(県道1号線) 県道徳島北灘線(俗称卯辰線) 市道林道「大宮折野線(俗称花折線)」 人口問題 家族構成 学校の生徒数 交通地理 隣接市町との不変距離 隣接市町との可変距離 生活地理 働き場所 消費生活 住生活 経済地理 県内経済 隣県経済 産業活動 町内産業 県内産業 勤務先 「仮称卯辰トンネル」とその効果 鶏が先か卵が先か 徳島・香川両県への貢献 瀬戸内海物流へ開港「折野港」 折野の「人的過疎(地理過疎ではない)からの脱却」 人口の増加 新産業の企画立地 鳴門市に対する効果 請 願 「天は自ら助くる者を助く」 同志のグループ化と行動 署名運動 |
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| 1996年4月1日 北灘西総代会 |
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「県道徳島北灘線」地方道路整備事業 北灘西促進期成同盟会 1996年4月1日創立 役 員 名 簿 |
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県道徳島北灘線緊急地方道路整備事業「卯辰峠界隈トンネル化」請願について 諸 考 察 |
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| 1 | 序文に代えて・・・ふる里「折野」について現状認識 今や昔、殿様への御膳米の産地・我がふる里「折野」、その献上行列は当地を発し、道すがらの民をひれ伏せしめたと云う、我がふる里「折野」にとって、只 今県都徳島からの相対距離は、最も遠くなってしまった。我々現世代にとって、 差し迫った最大の問題点は、過疎化傾向が加速度を増している事、である。こ のゆゆしき現実を、今後も、どうしょうもない自然現象の如く傍観し、諦観放置 し続けてよいものだろうか。我がふる里にも、伝統と歴史的な立地があり、古来、 先人達によって培って来られた諸遺産に思いを致すとき、我々及び子孫達が、過 疎化の為に、今後これを放棄せざるを得ないかも知れない、と云う実状に直面し ている今、我々は真に耐え難いものを覚えるのである。ここに、これらの諸問題 を想起すると共に、出来るだけ客観的に現状を分析認識し、打開策を探ろうとす るものである。 |
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| 1.1. | 外部経済としての道路 戦後、ひとの生活空間は乗数倍で拡大しているが、それをもたらしたものは、地域と地域とを結ぶ道路環境の整備の進展である。云うまでもなく道路は、人流 ・物流のパイプであると同時に、人の居住・物の蓄積などストックを可能にする 潜在エネルギー源の役割を果たすものである。道路は、特に複数のものが交る状態即ち道路網とすることによって、単なる線から高度な価値ある面としての土地を創出することが出来るのである。我が折野の道路事情がどうなっているか、先ずこの点から再認識を開始しょう。 |
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| 1.1.1. | 国道11号線 鳴門明石間高速道路の全線開通後を考える時、当国道11号線は、折野にとってこれまでの生活道路としての機能を一層抑圧され、更に死亡事故の最多発道路として悪名が高くなることが必至である。 |
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| 1.1.2. |
徳島引田線(県道1号線) この道路線は、板野町の中央部を走り徳島香川両県を結ぶ道路として整備が 進み、同町発展の夢を担っている。我々にとって気に掛かるところは、整備の仕 方が、当北灘線と競合関係をなすのではないか、と云う点である。徳島香川両県 に跨る広域への経済効果の点からみると、徳島北灘線緊急地方道路整備事業の方 により重いウエイトが存在するのでなかろうか、と思われる。 |
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| 1.1.3. | 県道徳島北灘線(俗称卯辰線) 当地方道路は、緊急地方道路整備事業として、当局により工事が進捗中であることは既に知られている通りである。当道路全体を車で走って見るとき、我々利用者にとって異常な問題個所が存在することを、指摘せざるを得くなるのである。それは、大麻町檜から北灘町折野(卯辰)間の勾配が急峻であることである。こ れが為に道は、やむなくヘヤピンカーブで構成されているのだが、通行ドライバ ーにとっては、熟練・未熟練にかかわらず、格別な恐怖と疲労を感じながら峠を越えなければならないのである。当道路のこの間の整備が、現路線の単なる拡幅 で終わるのであればボトルネックは、殆ど除去されないであろう。 |
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| 註: | 当考察文中で当地名の表現の仕方に、「折野」と「北灘西」との混同個所がある。恐縮乍、適宜読み代えて頂くことをお願い申しあげる次第である。 | |||||
| 1.1.4. | 市道林道「大宮折野線(俗称花折線)」 最近の運動としては2年前、当総代会として舗装等を含む改良工事の陳情書を鳴門市宛に提出したが、「市としては林道なので出来ない」との回答であった。 結果としては、災害による崩壊箇所1ヶ所のみの復旧工事に終わった。振り返って見るにこの路線は、古来より、当折野地区と板野平野各地区を結び、県都徳島へ通じる唯一の「みち」であった。戦後社会の復興と共に国道11号線が建設され、その後当卯辰峠越えの路線が生活道路として供与された結果、当「大宮 線」は格下げされ、管理されない荒れ放題の道となってしまた。 |
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| 1.2. | 人口問題 過疎化が日増しに加速し、極限に近づいている。現存する家の軒数及び世帯数を見ると、この表現が誇張し過ぎの様に写るかも知れない。もしその様な疑念があるならば、各家庭の家族一人ひとりに対して「居住地折野に対する心境」を聞 き取り調査し、データ分析をしてみればいい。その結果は多分、「折野外へ転居 の可能性有り」の項目比率が、2/3以上に達する筈、と予測される。つまり、 当折野には潜在離町者の数が、それ位に達するのでなかろうか、と云う推論が出 来るのである。 |
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| 1.2.1. | 家族構成 若者達は、後継者と雖も北灘町外に住居を構える傾向が増している。この原因を社会常識的に云うと核家族化の結果だとなるが、それをよく考えてみると、折野固有の問題が原因となっていることに気づくのである。当地の農地や山林に宅地開発業者の手が延びていないこと、それは居住地として値打ちがないと見られていること、こんなことが原因となっていると思われる。若者達にとって、住むべき土地や家の供給が無いから、町外に住居を求めざるを得ないのである。 |
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| 1.2.2. | 学校の生徒数 1996年4月の北灘西幼稚園への入園者数は、ついに「ゼロ」を記録。これを知って「唖然」としない住民はいない筈だ。「過疎化」に原因をもっていくのはもう聞き飽た。北灘西小学校の就学実績は、学年平均生徒数として40〜50人程度あったものであるが、それが「ゼロ」とは酷すぎる。 |
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| 1.3. | 交通地理 過疎地となる地理的条件として @県都や市都から数十キロメートルも離れていること A山間地域又は離れ小島の様に、山脈や海によって、隣接町村四方との円滑な現代的車両交通が、制約されていること をあげることが出来る。 通常、この2つの条件を帯びた地域が過疎地となっているのである。このことを当折野に当てはめてみると、上記中@の条件は該当していないこと、一方Aの条件(山脈と海による円滑交通の制約)が存在することが分かる。@の条件を解決することは非常に困難であるが、当地の問題点であるAの条件からの解放は、幸いなことに、現代の当局の財政規模と土木技術を以てすれば、至極簡単なことであると思われる。このように考えを敷延していくと、折野は地理的には、決して過疎地では無いことになる。強いて云うならば、人的怠慢による過疎地域こと「過疎人地」と云うことになる。 |
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| 1.3.1. | 隣接市町との不変距離 (現国道11号線経由の場合将来も固定距離として) 引田町まで 6q 撫養町まで 16q 徳島駅まで 28q |
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| 1.3.2. | 隣接市町との可変距離 (徳島北灘線仮称卯辰トンネル実県時可能距離として) 藍住町まで 7q 板野町まで 10q 佐古町まで 16q |
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| 1.4. | 生活地理(省) | |||||
| 1.4.1. | 働き場所 県内労働場所を見た場合、県内陸部全般(特に鳴門市より西南部)に拡散している。 |
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| 1.4.2. | 消費生活 これまでの『撫養町、引田町』から藍住町及び周辺町(徳島市西部を含む)へ分散している。 |
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| 1.4.3. | 住生活 上記1.及び2.の生活環境の悪化の為、撫養町、藍住町、松茂町等他町への転居が続いてる。 |
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| 1.5. | 経済地理 町内経済をみると専業業種としては、漁業関連に偏重している。かっては専業であった農家も趣味的規模のものが殆どとなってしまた。製造業は家族経営的下 請け企業が若干社、経済活力のバロメーターである第三次産業、中でも流通業は 皆無に等しい。これは、当地の南背面に阿讃山脈が横たわっている為、南側隣接地域との交流が阻まれて、閉鎖的生活を住民に強いている、即ち徳島県経済の中 心や内陸部と隔絶されている、からである。この為に土地に対して用途が非常に 少なく、不動産は流動性に欠けており、地価の低さは、他地域に比して恥ずかし い限りとなっている。人口の減少がさらに続けば、土地の価格は益々下がって行 くであろうし、町全体の経済的活力は、それにつれて低下して行くであろう。 |
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| 1.5.1. | 県内経済 徳島県内の経済は、地方道路網の整備の進展と共に、ますます広域化しており、均衡ある発展が促されつゝある。例えば、阿南市から池田町まで同一テリトリー に入れて諸計画を立てる事も可能となっている。このような時代に於いて、我が折野の現状は、独り置き去りにされている感がする。 この問題の解決策は、唯一、県道徳島北灘線の卯辰峠界隈をトンネル化して貰う事であろう、と思われる。 |
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| 1.5.2. | 隣県経済 隣県香川の東部経済は、中讃・西讃に比して格段に遅れを取っている模様であるが、今や同方面の東四国横断道の工事はどんどん進捗しており、今後これに誘 発される形で経済形態が変身して行くことは、疑う余地がなくなっている。当地 折野として、このままの状態を放置していては、東四国横断道が供与された途端 に、完全に隠遁地域となり、人の住む社会としての存在感は、さらに薄くなって行くであろうことが懸念されている。当地をよく考えて見ると、隣接の香川県大 川郡経済と徳島県内陸部経済とを連結する、チャンネル的役割を果たし得る地域として、立地している筈である。このチャンネル立地を実現する為にも、「徳島 北灘線卯辰峠界隈をトンネル化」することが、必要条件として立案されるべきであると思う。 |
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| 1.6. | 産業活動 何といっても人々の生活の基礎は、経済である。それを満たす産業活動が、当折野地区でどのように営まれているか、ここで少し詳しく見てみよう。 |
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| 1.6.1. | 町内産業 当地は漁業を主な地場産業とし、かたや趣味的小規模農業が、兼業的に営まれ ている所である。その他の企業は、家業的経営であり、殆ど未成企業ある。産業立地として、十分開発・利用可能な「海」「山麓」があり、運輸省の立派な「折 野港」が存在するのであるから、これら外部経済を積極的に活用すべきであるが、 今のような歪んだ交通環境の状況では、新規事業を発起しても成功の可能性を見ることは至難であると、誰でも結論づけるであろう。 1.6.2. 県内産業 徳島県内各市町村とも道路網の整備、工業団地の造成により企業誘致を計ろうとしている。この運動によって、これまで県東部に集中していた企業群が県南或いは県西部へと分散多極化しつつある。この理由の如何を抜きとして、臨海地帯に止まらずに内陸型指向が見られる。当地と県内陸部とを結んでいる道路の現状を見ると、産業関係として山脈によつて隔絶されきっている。当折野は、当然隣 県香川引田町に対しても流通チャンネルの役割を果たすべきなのになし得ていな い。徳島北灘線に於いて最大の難点は、卯辰越えの部分が急勾配過ぎる事である。 この路線のトラックの運転は、格別の神経を使い疲労感が全身に漲るのである。 貨物積載のトラックは、登坂・降坂になると荷崩れを起こすので、高い事故の可 の可能性を想定すると、管理者は運転者に対して同線の利用を禁止せざるを得な いのが実状である。産業廃棄物を積んだダンプカーなどは、登坂時には荷台より 後方路上に落としながら登っていく程である。これは急勾配の為に前進がストッ プしてしまうので、荷重を軽くする為であると思われる。この問題は現状コース の幅員を拡張しても解消来ないものと思われる。トンネル化によってのみ解決出 来るものである |
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| 1.6.3. | 勤務先 地場就職先がなく町外勤務比率(サラリー生活者率)が異常に高い。地域別勤務先比率からすると、鳴門市内・県東部の事業所に偏重しているのが大きな特徴である。阿讃山脈の南西部に立地する事業所へ直行出来る交通手段、交通機関が非常に乏しいからであろう。そうは云っても通勤時間帯には、二十数名程度は、 運転の難所「卯辰スカイウエー」を経由して勤務地へ向かっている。冬は積雪、 初夏に掛けては雲中無視界運転、一車線の山中行程僅か2q間ダンプカー数十台 との対向に遭遇する事毎日の如し。通常の道路では予想されない事だが、既に、 降雪の為に若い命を落とした社員が出ているのである。通行の度に、哀悼の気持 ちで一杯でになる。大手企業「光洋精工」は藍住町と引田町とに工場がる関係上、 同社員の通勤は、阿讃山脈を挟んで複雑である。ヘヤピンカーブでほんの少しのスピードの出し過ぎが、衝突事故となっている。そして月日と共にその数は、急増している様である。 |
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| 2. | 「仮称卯辰トンネル」とその効果 それでは、徳島北灘線に「仮称卯辰トンネル」が建設された場合、どの様な効果が生じるか、これについて推論を始めよう。我々は、単純な意志でトンネル化 を、主張要求しているものではないことを、知って頂く為である。 |
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| 2.1. | 鶏が先か卵が先か卯辰峠界隈をトンネル化すれば通行量は、10倍以上に増えることが推定出来る。現況通行量を以て難色を抱くのは、本末転倒の感じがする。なぜならば、阿讃山脈による円滑な交通の妨害を、如何にして除去するかの議論と、話がかみ合っていないからである。このことに関しての推論は、小考察の随所に現れているので、ここで詳しく述べることは割愛する。 | |||||
| 2.2. | 徳島・香川両県への貢献 香川県においては、東四国横断道の完工と同時に、停滞していた東讃地区の経 済の新機軸が、働き出すであろう。そして、板野平野に属する各町との経済交流 が活発化するであろう。人流、物流の担い手として、東四国横断道のみに頼って ゆけない筈である。このとき、徳島北灘線が国道11号とのチャンネル的存在と して、より高い価値を帯びてくることは間違いのない処、と思われる。 |
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| 2.2.1. | 瀬戸内海物流へ開港「折野港」 徳島県の企業立地が、東部偏重から県北西部(又は県南部)の方へと分散化しつつある。これを地理的に云うと、内陸中心の方へ修正移動していると見える。環瀬戸内海経済圏に属する徳島県内の企業にとっては、折野港を同圏海上物流陸 揚げ港とした場合、最も低コストで利用出来るものでないかと思われる。例えば、 ハブ港から海路で資材消費地へ直送し、陸路輸送距離を出るだけ短くする事が、 今の自由化政策の中で勝つ為の大きな要素となっている。これらの点に関して、 徳島北灘線「卯辰越え」を「トンネル化」すれば、内陸北西部の企業にとって利 用し易くなり、ひいてはこれが、県産業の発展に繋がってゆくものと思われる。 |
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| 2.3. | 折野の「人的過疎(地理過疎ではない)からの脱却」(省) | |||||
| 2.3.1. | 人口の増加 当地折野から他地区へ移住する人々には、それぞれ理由があり、それの自由を認めてあげるのが自然な姿である。当地にとって問題なのは、「出て行く人があれば入ってくる人もある」、このバランスが全く崩れてしまっている事、出ていく人ばかりになっている事、である。当地への新規転居による人口の増加、即ち人口の流入が流出を上回る様になるには、他地域の人から見て魅力ある町、居住するに価値有る土地にチェンジすることが必要がある。主要道路が1本しか通じていない平野、それがどんなに広大で立派であっても栄える事は出来ない。国道11号線が如何に立派に成ろうともその目的は他府県を含む広域の為であって、 当地の発展を第一目的としものではない。人々が町に集い町らしく栄えるために は、道路によって網目が作られていなければならない。その網の目が多いほどそ の町、その地域は発展する。いわゆる「道路網」、これがその地域を180転進 させるのである。県当局によって緊急整備が推進されつつある当徳島北灘線が完 工し、国道11号線との交わりが一般的にみて強固なものになった暁には、当地 折野も、ようやく板野平野道路網地帯への仲間入り出来るのである。東南の隣接 町である大麻町、藍住町、板野町と、道路通行の上で何の抵抗も無く直行的に往 来できるようになれば、自然環境の良さ、価格の安い土地、各種の起業チャンス を求めて、多くの人々がやってくるであろう。徳島市西部(例えば蔵本)界隈ま で車で20分以内で到達出来る筈である。しかしながらこれを実現する為には、 どうしても県当局に御願いして、「卯辰峠界隈をトンネル化」をして頂くことが、 何に増しても必要な条件となっていると思われる。 |
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| 2.3.2. | 新産業の企画立地 以上の様な期待が実現した暁には、当地に於ける新産業の企画と立地が、地元住民のみならず他所の人々によっても、営まれ始めるだろう。その業種に至っては、地元の人々が考えている以上に、多岐にわたる可能性が考えられる。何故ならば、古来、当地には、板野平野に住む人々に対して、播磨灘からの珍味を始めとして、色々な魅力をプレゼントして来た実績があるからである。 |
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| 2.3.3. |
鳴門市に対する効果 県内に於ける当地の最近隣町は、大麻町である。同町には、国際交流の窓口としての「ドイツ村」「ドイツ館」があり、「我が国で最初に第9交響曲が演奏さ れた地」として、鳴門市が多方面にわたって売り出し中である。又、これに引き 続いた事業として、「堀江記念館」の建設が発起されつつある。又、四国の信仰のメッカとして、大麻神社、一番及び二番札所が、参拝客で賑わっている。毎年 同町桧周辺の春先には、梅・桃のお花畠が、人々に幻想の世界を演出してくれて いる。いわば同町は、文化の町となっているのである。一方最近、同町内には、 住宅団地「リューネの森」が造成され、住宅が着々と建築されつつあり、徳島市 のベッドタウン「藍住」の延長拡大崎として、衆目を浴びつつある。今列挙して いる事象に対して、只今当局によって進められている「徳島北灘線」緊急地方道 路整備事業が、益々乗数的効果をもたらしつつあるように見受けられる。当「徳 島北灘線」整備事業の今後残された部分の計画設計として、「卯辰峠界隈」がど の様になるか、今や、関係町民が、かたずを飲む程の関心の的、と成っている処 である。それは、大きく云って次のような二者択一について、である。 @現在の道路の幅員を広げるて、部分改良整備工事をする A「卯辰峠界隈をトンネル」にして、峠部分をなくする 計画@及びAの場合の効果について、(1.6.2.)、(1.6.3.)に於いて、折野側について既に触れた処である。一方、大麻町側からの効果として、@の計画の場合は、依然として、阿讃山脈で北方を阻まれた、行き詰まりの町としての悪印象を、拭い去る事は、出来ないであろう。Aの計画が実行された場合、北、即ち北灘町から香川県東部へ、難点の無い面に近い広がりを、造る事が出来るであろう。その とき、真に文化の町「大麻」が蘇るのである。結果として計画Aによって、山脈 を環状道路で囲む事が出来るので、単に細長い往復線状の町を、鳴門市から無く する事が出来るのである。 |
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| 3.1. | 請 願 「天は自ら助くる者を助く」 現代の先進国家社会の運営構造を最も端的に捉えれば、独裁政治家依存体制ではなく、プレッシヤーグループ(陳情団体)と事務当局(官僚)とのやり取り関係から政策を決定する仕組みである(これが現代民主主義の実体である)、と考えられる。地方自治へのウエートが増している昨今の政治情勢に鑑みて、自分の地域社会の諸問題は、自分自身で提起し、地域社会全体の問題にまで住民意識を高めて(止揚して)政策当局にお願いする、この手順が最も合理的であると思われる。 |
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| 3.2. | 同志のグループ化と行動 私たちは、以上の様な考察に賛同する同志諸氏と共に、「県道徳島北灘線緊急地方道路整備事業・促進期成同盟会」を結成し、県御当局に対して、是非、同事業に「仮称卯辰トンネル」の実現を加えて頂くよう、御願いする行動を取ろうとするものである。 |
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| 3.2.1. | 署名運動 県当局への社会的な御願いの意志表示として、署名運動が一番理解して頂き易いものと思われる。その方法について次の様なものが考えられる。 @当地区内への署名運動 A隣接地区への署名運動 B通行車両への署名運動 |
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